2021年5月25日(米国時間)から、3日間の日程でMicrosoftの開発者カンファレンス「Build 2021」がオンラインで開催された。初日にあたる25日には同社CEOのサティア・ナデラ氏による基調講演の映像が流れ、Windowsを含む同社の最新の取り組みが紹介されているが、今回は5月末時点までで出ているWindowsを中心とした話題のアップデートをまとめよう。
Windows 10Xが正式にキャンセルされた話
同件はWindowsやMicrosoftの最新事情に詳しいブラッド・サムス氏の記事を引用して既に紹介済みだが、Microsoftは2021年中でのリリースを計画していたシングルスクリーン向けのOS「Windows 10X」と、同OSを搭載したOEMメーカー各社のPCが少なくとも登場しない見込みとなった。
後に、5月18日に同社Windows Servicing&Delivery部門担当プログラムマネジメント兼バイスプレジデントのジョン・ケーブル氏名義で投稿された「How to get the Windows 10 May 2021 Update」というBlog記事によれば、同日時点でWindows 10の大型アップデート(機能アップデート)「21H1」こと「May 2021 Update」の一般提供を開始するとともに、Windows 10Xについて次のように触れている。
Following a year-long exploration and engaging in conversations with customers, we realized that the technology of Windows 10X could be useful in more ways and serve more customers than we originally imagined. We concluded that the 10X technology shouldn't just be confined to a subset of customers.
Instead of bringing a product called Windows 10X to market in 2021 like we originally intended, we are leveraging learnings from our journey thus far and accelerating the integration of key foundational 10X technology into other parts of Windows and products at the company. In fact, some of this is already reflected in the core of Windows in Windows Insider preview builds, for example the new app container technology we're integrating into products like Microsoft Defender Application Guard, an enhanced Voice Typing experience, and a modernized touch keyboard with optimized key sizing, sounds, colors and animations. Our teams continue to invest in areas where the 10X technology will help meet our customer needs as well as evaluate technology experiences both in software and hardware that will be useful to our customers in the future.
This shift in thinking is an incredible example of the company's value of a growth mindset at work and exemplifies our customer-first focus.
簡単にまとめれば「長年の顧客との対話の中でWindows 10Xのような仕組みが有用で、当初考えていたよりも多くのユーザーを相手にできるようになると考えていたけど、結論としては一部ユーザー限定のような仕組みは得策ではないということに。当初計画にあったWindows 10Xの2021年リリースはないけれど、そこで取り込む予定だった重要な技術は他のWindowsや製品に導入していくからよろしく」というニュアンスになる。
「2021年には登場しない」という表現はブラッド・サムス氏の記事の中でも使われていたが、実質的に一度凍結されたプロジェクトが後にそのままの形で復活する可能性はほとんどないため、「Windows 10X」という“形態”のソフトウェアは今後も登場することはないと筆者は考える。
ただし、以前の記事でも筆者が触れたように、2021年後半には「21H2」という大型アップデートが「Sun Valley」という新しいUIコンセプトを引っさげて登場する中で、技術的にWindows 10Xと共通のコンポーネントを搭載することになるが、当初Windows 10Xの方が市場投入時期が早いという予想があり(21H2は11月以降なのに対してWindows 10Xは8〜9月ごろ)、Windows 10Xが一種の「Windowsの新UIの先行お披露目」に近い位置付けになる可能性があった。
その意味では、Windows 10Xの計画がキャンセルされたことで、21H2に搭載されるとみられるSun Valley並びに新機能の数々は、Windows 10の大型アップデート配信をもって“お披露目”されることになる。
ナデラ氏のいう「過去10年で最も重要なアップデート」とは
Build 2021におけるナデラ氏の基調講演の動画はMicrosoftの公式ページから閲覧でき(18分間と非常にコンパクトだ)、おまけに日本語字幕まで表示できる親切設計だが、「Windowsの最新情報だけを知りたい」という人のために、同社が公開しているトランスクリプトから重要部分だけを抜粋して紹介する。
And soon, we will share one of the most significant updates to Windows of the past decade to unlock greater economic opportunity for developers and creators. I've been self-hosting it over the past several months, and I'm incredibly excited about the next generation of Windows.
Our promise to you is this: We will create more opportunity for every Windows developer today and welcome every creator who is looking for the most innovative, new, open platform to build and distribute and monetize applications. We look forward to sharing more very soon.
ポイントは冒頭の「one of the most significant updates to Windows of the past decade」の部分だ。「過去10年(the past decade)」で「最も重要なアップデートの1つ(one of the most significant updates)」ということで、Windows 8やWindows 10のリリースよりも同社(と開発者やクリエーター)にとって意味があるものとナデラ氏が強調している点にある。
3月初旬に開催されたIgnite 2021において、Windowsや関連ハードウェアの開発を取り仕切るパノス・パネイ氏が「the next generation of Windows」のことを「現時点では話せないが、非常に素晴らしいものになる」と予告している。
Windows 10のリリース以降、Microsoftがこうした“あおり方”や予告をするのは非常に珍しく、それだけ開発者やユーザーの注意を引きたいとの表れなのだと筆者は考える。
具体的に「one of the most significant updates to Windows」や「the next generation of Windows」が何を指すのかは両氏ともに触れていないが、おそらく21H2とSun Valleyのことを意味しているのは間違いないだろう。この成果がお披露目されるのは「間もなく」とのことなので、両氏がアピールするだけの何かがあるのか、期待して待っていることにしよう。
続いて、活況を呈するPC市場の今後を考えてみよう。
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PC市場の活況はいつまで続くのか
MicrosoftがWindows 10Xを切り捨てた理由はいくつかあるが、その1つには「既存のPCだけで十分に戦える」と判断していることがあると考えている。
ここ数年においてChromebookの伸長があり、実際にローエンドや教育分野でWindowsの市場を侵食されているのは間違いないのだが、一方でPC市場そのものは大きく成長している。以前の連載でも触れたようにWindows 10の世界の稼働台数は13億台と1年間だけで3億台も一気に伸ばしており、実際にMicrosoftの業績報告でもライセンス売上の急増という形で表れている。
つまり、「Windowsの派生バージョンをいろいろ出して細かく市場を攻略していくよりも、一番強みを持つ分野に注力した方がいい」という戦略的判断に傾いた可能性がある。
問題は、WFH(Work From Home)により一気に拡大して活況を呈するPC市場がどこまでこの状態を維持できるかだ。目先の不安要因としては、世界的な半導体不足で「需要に応えるだけの供給が行えない」というサプライ的な問題があるが、筆者としてはそれ以上に「PCが一通り行き渡った後にやってくる反動」の方が怖いと考えている。
スマートフォンを含め、デジタル機器の購入サイクルは年々延びていることが指摘されているが、この背景には技術革新が一定の水準に達し、買い換えてもユーザーが性能の向上を体感しにくくなったことがある。同時に、AppleのiPhoneなどにみられるように、PCよりも循環サイクルの短いスマートフォンにおいて、いまだに5年以上前に発売されたデバイスのソフトウェア更新が行われているほどだ。
「PCは買いたいときが買いどき」というが、望む内容を備えたPCがなかったり、企業で充分な設備投資の予算を組めたりしなければ、需要の一巡後は買い控えが待っている。特に、過去1年ほどのPC需要の急速な高まりは2010年以降なかったもので、これだけの需要の急増に対する反動は相当に大きいのではないのかというのが筆者の推測だ。
ユーザー側のハードウェアの更新が停滞するということは、新しい機能やサービスを提供者側がアピールする際に「新しいハードウェアやサービスを売るためのユーザーのモチベーションを上げるハードル」がさらに高くなることを意味しており、PCメーカーのみならず開発者など周辺への影響も大きい。
おそらく、2022年以降はこの反動について考える機会が改めてやってくると筆者は考えている。
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