「Pixel 6」の発売が開始された。最新のAndroid 12を搭載したGoogleブランドのスマートフォンだ。ネーミングから想像できるように、すでに6代目となる。2016年の初代Pixelから昨2020年のPixel5までのPixelとの大きな違いは、そのプロセッサーにGoogle TensorをSoCとし、さらにセキュリティコプロセッサとしてTitan M2TMをも搭載していることだ。
Googleの考えるスマートフォンにはGoogleのSoCが必要だった
スマートフォンはこうあってほしい。Androidスマートフォンの普及が始まろうとしていた2010年、GoogleはNexus OneというスマートフォンをHTC社に作らせてデビューさせた。Nexusシリーズは、GoogleのAndroidスマートフォンのリファレンス的存在として、以降、各社のハードウェアで年々更新されて発売されてきた。いわゆるリードデバイスと呼ばれ、ピュアGoogle体験を提供するスマートフォンとして愛されてきた。
Nexusシリーズは、ファーウェイと共同開発した2015年のNexus 6Pが最後となり、翌2016年に初代のPixelが発売された。Pixelは特にリードデバイスを強調するものではなく、ピュアなGoogleブランドのハードウェアとしてデビューした。ハードウェアベンダーも明示されることはなかったが、ほかの多くのAndroid端末が採用しているQualcommのSnapdragonシリーズがそのSoCとして採用されてきた。
Pixel 6は、Snapdragonを搭載しない。Googleがかねてより開発を続けてきたGoogle Tensorを搭載したからだ。
今のGoogleがスマートフォンの世界でやりたいことはAndroidというOSで明確に示されている。ハードウェア各社はAndroidを採用し、そこに独自の機能をハードウェアやソフトウェアとして組み込むことで各社なりのオリジナリティを提供している。だが、それが混乱を生んできたのも事実だ。そのことについては過去にも書いた。
そして、2021年になった今、Googleは、OSとしてのAndroidのみならず、SoCも独自に開発して同社ブランドのスマートフォンPixelに搭載した。
過去のPixelを支えてきたSnapdragonも、ArmをベースにしたQualcommによるシリコンであり、同社はスマートフォン用の高性能SoCを提供し続けている。Qualcomm自身はスマートフォンを一般向けに提供していないが、スマホベンダーの多くはSnapdragonにそのSoCを頼っている。Snapdragonもまた、スマートフォンにおける超一流ブランドだ。
ここでGoogleが、Snapdragonを使わず、新たに自社開発した独自のGoogle Tensorを採用したということは、ハードウェア、SoC、OSのすべてを自社調達し、彼らがやりたいことが、自分たちのコントロール下で全部できる理想のスマートフォンが用意できたということを意味する。
Androidの世界では、Android OSを拡張したり、独自のシェルを組み合わせることで、各社各様のオリジナリティを実現する手法が一般的だったが、これからは、ちょっと様相が違ってくるかもしれない。新Pixelの登場が意味するのはそういうことだ。
どちらのPixelもGoogle体験は同等
Pixelが、Qualcomm Snapdragonではなく、Google Tensorを使うのは、AI処理に特化したより高い性能を確保するためだ。Googleにとってのスマートフォンは、すでにAI抜きには語れない。ArmのCortex-A76がベースになっているものの、AIのための機械学習性能に軸足を置き、スマートなAI体験を提供するためには、どうしても専用のチップセットが必要だったということか。
単にCPUパフォーマンスを高めるだけなら、Qalcommの新Snapdragonを待てばいいが、そこに欠けている何かをGoogleは必要とした。そして、他者のロードマップに左右される要素を最小限にし、自分たちのコントロールでデバイスを作っていきたいのだろう。半導体の供給不足が懸念される今、そして今後のロードマップを考えれば、そういう要素は重要だ。
Tensorの搭載によって、音声認識や翻訳機能、電力消費、そして、コンピュテーショナルフォトグラフィーは、また1つ大きな前進を得たことが実感としてわかる。
Pixel 6は、無印のPixel 6と、機能が充実したPixel 6 Proの2モデルが発売された。日本においては前者をKDDIとソフトバンクが、後者をソフトバンクが販売するほか、Googleからもダイレクトで入手することができる。今のところドコモや楽天モバイルからの発売はアナウンスされてはいない。
両者の違いは、まず価格だ。ダイレクトサイトでは無印が74,800円~であるのに対して、Proは116,600円~だ。実に1.5倍以上の開きがある。
その価格差は細かい点にも反映されているが、わかりやすいところとしては、メモリ容量の違い(8GBまたは12GB)であること、ディスプレイサイズと解像度、リフレッシュレート(6.4型か6.7型、411ppiか512ppi、最大90Hzか最大120Hz)の違い、望遠カメラの有無、5Gミリ波対応の有無だ。ミリ波を含む5Gに関しては発売当初はKDDIとソフトバンクのみの対応、ドコモと楽天モバイルには後日OTAでアップデート対応するとされている。もっとも実機での検証ではドコモの5GにもSub6なら普通につながった。
逆にいうと、これらの違いに1.5倍のコストがかかっていて、それをあきらめさえすれば、Tensorが提供するあらゆる性能は同じだ。メモリサイズの違いこそあれ、AIに関しては互角の性能が手に入る。ピュアGoogle体験のためのショーケースとして、無印Pixelはかなりお買い得という考え方もできるし、Proバージョンは、未来への投資のためと思えばリーズナブルだと考えることもできる。乱暴にいうと、iPhone 13とiPhone 13 Proとの違いで想像すればいいだろう。
独自SoCが底上げするオンデバイスコンピューティング体験
今のGoogleの興味は、クラウド連携に足場を置きながら、スマートデバイスがエッジコンピューティング、オンデバイスコンピューティングのためのコンピューターになるために、どうすればいいかを模索することにある。
スマートフォンをもはやコンピュータとしても使える電話ではなく、肌身離さず身につけて持ち歩ける価値あるコンピューターそのものにしたいというわけだ。そのためにも、Pixelシリーズは、クラウドに全面的に頼るのではなく、オンデバイスでさまざまなことができることが想定されている。極端にいえば、機内モードのスマホで何ができるかを追求するということだ。
折しもスマートフォン市場は、バリューライン、ミドルレンジの製品レイヤーが手厚くなり、ハイエンドの市場は、ちょっとしたお留守になっている。iPhoneが例外ともいえるが、上方と同様に下方にも選択肢を拡げる手法なので、iPhone Pro MAXのような、欲しいけれども手の届きそうもない究極のiPhoneといったモデルが存在する。だが、Androidスマートフォンの世界ではそこが空席に近い状態だ。各社がやらないなら、先にGoogleがやる。Pixelはそのためのデバイスだ。
純粋なビジネスのことを考え、Pixelブランドの浸透を狙うのであれば、Pixel 5のような価格帯のモデルを用意するということも有効な戦略だったとは思うが、Googleはそうはしなかった。彼らが提供したかった体験のためには、どうしても高性能でカリカリにチューニングすることができるTensor搭載のPixel 6が必要だったのだ。性能をそこそこに抑えた名前だけのPixelはいらないという判断だ。
いろんな意味で、Pixelを選ぶことは、Googleの考える未来に投資することだ。それに応えられる最高の装備としてPixelは作られている。
ちなみに、Googleは、Pixel 6が正式に発表された10月19日をきっかけに、Pixel 3以降のハードウェアにもAndroid 12のシステムアップデートを配信開始した。Android 9だったOSから数えて3度目の更新だ。
手元で休眠していたPixel 3もちゃんとアップデートされた。3年前に発売されたハードウェアに最新のAndroidだが、ほかのベンダーではなかなかそうはいかない。そしてTensorの開発は、このPixel 3発売よりもずっと前から進められていた。
次の世代のTensorが出てくるかどうかは定かではないが、いろいろな意味で、今回のPixelは、NexusがPixelに変わったときと同じくらいのインパクトがあるだけに、これからどう成長していくのかを想像するとワクワクする。
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