「恋人がいない」「性経験がない」といった人をからかいや自虐のニュアンスを含んで呼ぶ「非モテ」という言葉があります。男性学の研究者、西井開さんは、「非モテ」に苦しむ当事者たちが語り合う「ぼくらの非モテ研究会」という活動を4年前から続けています。
「非モテ」の苦しさは、「モテないこと」だけでなく、内面に作られた「男らしさ」の理想像によってもたらされているのでは――。西井さんはそう提起します。
西井さんの語りを通じ、男性の生きづらさの正体について考えました。
――「非モテ」という言葉を媒介に男性問題を研究されています。
私自身、「モテない」という苦しみにとらわれていました。高校から大学にかけて、「彼女がいない」「セックスの経験がない」と悩んでいたのです。
浪人時代は、予備校の友人から「経験がないのか?」と毎日のようにバカにされていました。早く性経験しなければと強迫観念のようなものもありました。
ただ、恋人が出来た後も、苦しみがくすぶりました。なぜだろう、と。この気持ちを整理したいと思ったのです。
「非モテ」という言葉は、少なくとも1990年代後半にはインターネット上をにぎわせていました。
男性は語りが乏しいと言われます。ところが、「非モテ」という言葉を媒介すると、モテないことのうめき、劣等感、女性への執着などが、ネット上でものすごく語られている。興味深いと思いました。
同時に、私自身が感じていた「痛み」「苦しさ」のようなものも重なりました。
「男の身体」「孤立」 話し合い
――そして立ち上げたのが、語り合いグループ「ぼくらの非モテ研究会」ですね。
大学卒業後、アパレル企業の会社員や子ども支援のNPO職員、無職の期間を経て、大学院で男性学などを学び始めました。同じ頃、2017年12月24日のクリスマスイブに立ち上げたのが「非モテ研」です。
モテないことのエピソードのほか、「男の身体」「孤立」「変わった性的欲望」など、テーマを決めて参加者が話し合います。
これまで約50回開きました。毎回、平均で8人くらい、延べ400人くらいが参加しました。年齢は10~50代。無職の方、会社員、学生とさまざまな人が集います。
誰しも、自分の痛みや後ろ暗い部分は、さらけだすのをためらうと思います。ですから、他者の評価が発言者に向けられないよう「口を挟まない」というルールにしています。
リピーターの参加者は豊かに語れる。その姿を見て、まだ慣れない方も「語ってもいいんだ」と思ったり、自分の記憶が喚起されたりします。
語られるのは「未達の感覚」
――どんなことが打ち明けられますか。
恋人や性経験の有無だけでなく、社交性や身体能力に関するエピソードが目立ちます。恋人どころか友人もおらず、クラスで話す相手がいない、サッカーができなくて遊びの輪に入れないなど、多く語られるのは「未達の感覚」だと思います。
――「未達の感覚」ですか?
あいまいにイメージされた男…
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