長く自作PCに関わっている読者なら、「黄金戦士」という名前を聞くだけでビビッとくるのではないだろうか? 黄金戦士とは1998年に台湾で登場した謎のCPUで、その正体はモバイル版Pentium MMXをカスタムの変換基板(ゲタ)に載せて、デスクトップ向けのSocket 7対応させたものだ。
それ以来、モバイルCPUにゲタを履かせてデスクトップマザーボードで使うような製品は度々登場し、爆熱Pentium 4全盛期の2005年には、電力効率に優れたDothan世代のPentium Mをそのまま使えるマザーボードや、Socket 478変換アダプタが多数販売された。
だが、これらは電力効率が劇的改善したCore世代になってからはめっきり表舞台から消え去った。……と思っていたが、じつは改造モバイルCPUは中国でひっそりと続いていた。そして最近モバイル版Coffee Lakeの改造CPUが、グレート・ファイアーウォールを超えて話題になっていた。変態パーツ愛好家の筆者は、早速買って試すことにしたので報告したい。
ゲタの覚醒
モバイル向けCPUを自作デスクトップで使うおもなメリットは電力効率だ。詳細は公開されることはないが、モバイル向けCPUはデスクトップ向けと同じウェハからより低電圧、低電力で動作するダイが選別されて使われる。よってある意味“当たりシリコン”なのだ。そのまま低電力で使っても良いし、電圧を盛ると簡単にオーバークロックできるので、二度美味しい。筆者も大学時代にモバイル向けの「Athlon XP-M 2500+」を1.8GHzから2.4GHzにオーバークロックして使っていたものだ。
モバイル向けCPUのメリットはそれだけではない、もう1つはコストだ。本来モバイル向けCPUは同クラスのデスクトップCPUより高いはずだが、中古になるとそれが逆転する。デスクトップPCのように簡単にパーツを再利用することができない上に、それを求めている人も少ない、Registered ECCメモリの中古価格と同じ現象だ。
日本でもHaswell世代のSocket G3以前のモバイル向けCPUの中古は安くオークションで出されるところをちらほら見かける。最近のBGAパッケージのモバイルCPUだと再利用のハードルが高いため、中国では前世代のモバイル向けCPUがリサイクル業者から安く手に入るのだ。
上でも触れたが、Intelはモバイル版HaswellのSocket G3を最後にPGA版のモバイル向けCPU提供に終止符を打ち、すべてBGAパッケージに切り替えた。だが、さすがにBGAのCPUを格安中古で手に入れてもどうしようもない。
そこでBroadwell世代以降のモバイルCPUがゲタに実装済みで登場しはじめた、というのが再来の経緯だ。これらの改造モバイル向けCPUは、中国のタオバオ(Taobao)で「魔改CPU」としてひっそり売られている。
魔改CPUの使用はひとくせアリ。上級者向け
タオバオでは複数業者がBroadwellからKaby Lakeを中心に魔改CPUを提供しているが、そのなかで3社だけがCoffee Lake世代を提供している。そのうちの1社が、閃電侠科技(英語社名Shenzhen Flash Technology。ちなみにアメコミヒーローのThe Flashが中国語だと閃電侠なのである)が海外向けのAliExpressで出店し、英語のサービスを提供しはじめたことで、海外でも注目されはじめたのだ。
今回魔改CPUを入手するにあたり、日本からタオバオのものを購入することも考えたのだが、越境配送や出品者とのやり取り、何かあったときのクレーム対応を考えるとAliExpressの方が心強い。早速AliExpressで「Modified Laptop CPU」と検索してみることにした。
AliExpressに出品されているのは、60ドルで4コアKaby Lakeから、300ドルで8コアCoffee Lakeまであるが、今回はせっかくなので、6コアCoffee Lake、Core i7-8850Hを選んだ。6コア/12スレッドで最大クロックは4.3GHz倍率ロックがかかっており、オーバークロックには対応していないが、Intel XTUを使えば、最大倍率まで倍率が調整できる。
製品ページに行くと、製品情報や互換性に関する注意などがびっしりと書いてある。ここで厄介なのが、英訳された部分の訳がなんとかなるレベルだが、決して正確ではないことだ。筆者は元のタオバオの商品ページも同時に参考にしているので、ここでまず購入時の注意点を掻い摘んで日本語でまとめる:
- マザーボードの互換性は事前にメッセージで確認する必要がある
- 300シリーズはZ370、B365、H310Cのみで、Z390、H370、Q370、B360、H310では使えない
- OEM製マザーボードでは使えない可能性が高い(≒自作PC専用)
- Micron製ICを使っているメモリモジュールは避けるべし
- CPUクーラーはねじ止め式(非プッシュピン)の、ヒートパイプがコアに直接接触しないタイプを使うべし
- BIOS ROMチップ交換可能なマザーボードは無償で改造済みROMチップを提供可能
- 倍率フリーのものはオーバークロック耐性が優れいてるが、デスクトップCPUと同じ電力消費になる、オーバークロックするなら強力なVRMを搭載しているマザーボードを使うべし
互換性表もAliExpressの英語版に誤表記があったので、タオバオ版をもとに以下にまとめる。
このように、なかなかのくせものだが、すでに所持しているPCで現行CPUを使ってBIOS書き換え作業が可能であれば、MSIユーザー以外は使える可能性が高い。新規で組む場合も、無償の改造済みBIOS ROMチップを提供してもらうか、600円程度のSPI Flashプログラマーを使えば書き換え可能だが、少々ハードルは上がる。
ここでIntelのCPUをフォローしてきた読者は、Coffee Lake CPUが100/200シリーズマザーボードで利用可能という反則表記に気付くだろう。そう、この魔改CPUの真髄は、安価で100/200シリーズのマザーボード搭載PCを6コア/8コアにアップグレードさせてくれる点だ。
Intel 100/200シリーズマザーボードのBIOSを改造してCoffee Lakeが使えるのは、PC Watchでも過去に採り上げたが、自分でBIOSをパッチしたりLGAのランドをショートしたり絶縁したりする必要があるので、決して簡単ではない。逆に言えば、現在300シリーズマザーボードを持っている人にとっては魅力が薄い。
筆者は気持ちが高揚してマザーボードの互換性確認メッセージをするまえにポチってしまったので、後からメッセージするかたちとなったが、すぐに返事が来て、改造BIOSがEmailで送られてきた。会話の流れはこんな感じだ:
スティーブン「I am planning to use Gigabyte GA-H170N-WIFI. Will it work? Can you send me the BIOS?」
Flash「QNCT Can support GA-H170N. Tell me your email, I will send」
スティーブン「My email is xxx@xxx.xxx」
Flash「OK, I will send it to you」
筆者は英語で送って、相手は中国語で返信してAliExpressが自動翻訳しているが、この内容なら意思疎通にまったく支障はない。数分後にメールが来ないので迷惑メールフォルダを覗いたら、やはりそこに入っていた。初めてメールする外国アドレスからxxx.binというバイナリファイルが無言で添付されているので当たり前である。
ちなみに製品の輸送は、個人的な経験上AliExpressからの配送はE-Packetが安い割に速いのでE-Packetを選んだ。コロナで物流が停滞しているリスクはあったが、9月10日に注文して10月16日に届いたのでいつもどおりのスピードだった。
ついに届いた魔改CPU
送られてきた物はというと、ダンボールにプラスチックのクリアケースの中にティッシュでCPUが包まれていた。付属品は専用のリテンションとネジ5本、ドライバー2本(TorxとPhilips)だった。ティッシュにはびっくりしたが、破損もないようなので良しとする。
CPUは予想どおり、モバイル向けCPUがゲタ(インターポーザ基板)についているものだが、この基板がかなり奇妙なかたちをしている。
じつはモバイル向けCoffee Lake CPUはBGA1440であり、デスクトップ向けのLGA1151 CPUより横幅が長い。往来の黄金戦士のように、モバイル向けCPUの方が小さく、ゲタに載せてIHSで高さを調整するだけでは済まないのだ。
今回のゲタは分厚い基板の片面を半分の深さまでLGA1151サイズにミリングしている。その断面からミリングされたビアが見えるが、8層の銅箔が確認できるので、対照的なスタックアップだと仮定すると少なくとも16層の基板だ。マザーボードが一般的に8~10層基板なので、かなり複雑な作りになっていることが伺えるが、元祖黄金戦士は321ピンのSocket 7であるに対し、この魔改CPUはBGA1440からLGA1151に変換しているので、それもそのはずだ。
結果としてこの魔改CPUは普通のCPUとサイズが違い、普通のリテンションでは固定できない。そこで付属のリテンションの出番である。これはマザーボードについているリテンションを外して、CPUを装着してからその上にかぶせるかたちで使うもので、殻割りCPUを直冷するときにつかうDelid Die Guardと同じ構造だ。ただし高さがダイより低いので、残念ながらDelid Die Guardのように裸のダイを守る機能はない。
今回購入した閃電侠科技製の魔改CPUはカスタムのリテンションを使うため往来の黄金戦士とは見た目がだいぶ違うが、タオバオで売られているほかの魔改CPUにはモバイル向けCPUをヒートスプレッダで覆うかたちのものもある。だがBGA1440はどうしてもLGA1151サイズからはみ出るので、普通のリテンションをそのまま使えなく、リテンションを外してワッシャーを挟み高さを盛って固定する仕組みになっている。筆者はこの閃電侠科技のカスタムリテンションのしっかりした作りと見た目が好きだ。
届いたリテンションとCPUをよく見ると、リテンションにはModel No. SU-PC-H、CPUにはSU-PC-83H Ver:1.4と刻印されている。CPUにはさらにおそらく品質管理者のサインが入っている。さらに海外の関連フォーラムやなどでMr. Suという名前が登場するため、閃電侠というのは蘇氏のようだ。
魔改CPUの夜明け
今回の魔改CPUは筆者が使っている在宅勤務用PCのアップグレードに使う。アップグレード前のスペックは以下のとおり
【テスト機材】
- CPU: Core i5-7400T
- クーラー: Cooler Master Hyper H412r
- マザーボード: Gigabyte GA-H170N-WiFi
- メモリ: Crucial Ballistix DDR4-2666 2x4GB
- GPU: Galax GeForce RTX 2060 White Mini
- SSD: Samsung EVO 840 250GB
- HDD: Toshiba 1TB 5400rpm
- 電源: Antec EA-550 Platinum 550W
- ケース: Raijintek Metis Plus
CPUを装着するステップは自作経験者なら直感的だが、AliExpressに載っている手順に少々問題あるので筆者のおすすめを紹介する。
- 既存のCPUがある場合まず開始する前にBIOSをアップグレードを行なう。AliExpress手順ではCPUを装着してからBIOSをアップグレードと書いてあるが、それはSPI Flashプログラマを使う場合だ。BIOSのアップグレードでUEFI BIOSだけをアップグレードするか、Intel MEを含めて全部アップデートするかの選択しが出る場合、必ず全部アップグレードを選ぼう。筆者のGIGABYTEマザーボードの場合、FASTとINTACTの選択肢が出て、INTACTを選ぶ。
- 既存のCPUリテンションを、付属のTorxネジドライバーで外す。
- 魔改CPUダイに貼ってあるカプトンテープを剥がし、ソケットにセットする。この際普通のCPUのようにストンと入るのではなく、ぎゅっと入れる感じだ。
- 専用のリテンションをかぶせて、付属のネジで止める。この際締めつけすぎないように、指2本で締められるぐらいがよいい。
- CPUグリスを塗り、CPUクーラーを取り付ける。裸のダイに取り付けるので、マウントネジを少しづつ、対角の順番で締める。
- もし可能であれば、外付けGPUを外し、メモリを1枚だけ刺した状態にする。
- マザーボードのCLRBIOSジャンパでBIOSをクリアする。メーカーによってはジャンパの名前が異なるのでマニュアルをチェックするように。
- デフォルトBIOS設定のままPCを起動する。初めてはPOST何回かリスタートする可能性がある。
- 問題なく起動したら、残りのメモリを戻し、外付けGPUも戻す。
- 必要に応じてBIOS設定を調整する。
筆者の場合、幸いほとんどのハードウェアをそのまま流用が、意外にCPUクーラーが落とし穴だ。近年ヒートパイプが直接IHSに接触する設計のクーラーが多いが、裸ダイだとヒートパイプとベースのわずかな段差でダイに傷がついてしまうおそれがある。Intelの純正クーラーか、古めのクーラーが有れば良いが、新品の場合はNoctua、Thermalright、またはサイズブランドのクーラーがヒートパイプをサンドイッチするベースを採用している。筆者はZalmanの「FX-70」を取り付けた。
また、筆者は非推奨のMicron製メモリを使っているので心配だったが、結果として問題なかったので、Micronメモリを使っている場合でも一度試す価値はある。
筆者のPCは一発でPOSTし、メモリとGPUを戻しても問題なく立ち上がったが、AliExpressのレビューや海外のフォーラムではさまざまなトラブル事例がある。いずれも蘇氏やコミュニティが対応し解決しているようだが、CPUの付け直しやBIOSの書き直しがほとんどだ。やはり正規品のようにはすんなりいかないが、魔改CPUが初めて海外フォーラムに登場した去年(2019年)のこの頃よりははるかに実用的になっている。
最後にGIGABYTEのEZTUNEを使ってTurbo倍率だけオーバークロックをして、アップグレード前後のベンチマークを取ったので、8千円の魔改CPUの実力を確認しよう。
魔改CPUのCinebench R20スコアを見ると、定格でCore i7-7700K程度だ。ゲーム用途だとクロックが低い分不利だが、純粋な演算力だと中古価格3万円程度のCPUと同等と考えられる。HWINFO上の最大消費電力は定格で51W、プチオーバークロックをしても61Wだったので、電力効率は優秀だ。
魔改CPUを常用するかは改造CPU、改造BIOSというリスクを受け入れられるか次第だが、他人が改造したBIOSというのは、結構不安がある。とくにIntel MEやPXEの部分まで改造されているので、セキュリティの懸念は否定できない。筆者はME機能を使わず、外付けWi-Fiを使っているのでそれほど不安はないが、セキュリティ上アウトという人も結構いるだろう。
だがアップグレード前のCore i5-7400Tと比較すると、Cinebench R20スコア2倍分のアップグレードができたことになる。何より変態パーツ愛好家の筆者にとってはこういう常軌を逸するPCを組むことが自作の醍醐味なのであった。
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