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火星探査車「パーサヴィアランス」は2,300ポンド(約1,043kg)の車体に6つの車輪をもち、原子力電池で動作するよう設計されている。火星への降下時にはパラシュートを開き、スピードを超音速から時速200マイル(同約322km)まで減速させるが、これを「恐怖の7分間」と呼ぶ。
この恐怖の7分間を経てパーサヴィアランスは、着陸地点の上空約70フィート(約21m)で逆推進ロケットを噴射してホヴァリングに入り、「スカイクレーン」と呼ばれる降下装置によって錆色の大地に着陸する。パーサヴィアランスが着陸するとスカイクレーンは飛び去り、付近に落下する仕組みだ。
難易度の高いミッションだが、案ずるには及ばない。火星の地質を探求して古代微生物の痕跡を探しに向かうパーサヴィアランスは、2012年の「キュリオシティ」によるミッションで得られた技術を中心に、実績のある着陸手法を用いているからだ。
一方で、新しく追加された機能もある。「恐怖の7分間」の様子の大部分を、地球から聴くことができるようになったのだ。探査車には小さなマイクが組み込まれており、降下時の音や、のちには火星の環境音そのものを録音する。いまだかつて火星探査機が達成したことのない試みと言える[編註:パーサヴィアランスによる火星での録音は成功した。記事の後半で音源を紹介しているので聴いてみてほしい]。
人類は過去60数年にわたり、さまざまな種類の精密なハードウェアを惑星に向けて打ち上げてきた。それを考えると、これまで一度もその音を耳にしたことがないのは意外である。
確かに、何度かの試みはあった。1980年代初頭には、旧ソ連の金星探査機「ベネラ」2機が、風速を推定するためのマイクを搭載していた。しかし、その録音は雑音だらけで、意味をなさないものであった。
米航空宇宙局(NASA)の火星探査機「マーズ・ポーラー・ランダー」による1999年のミッションでもマイクが搭載されていたが、探査機は着陸時に粉々に砕け散ってしまった。NASAは2008年にも「フェニックス・マーズ・ランダー」のミッションで火星への着陸を試みたが、マイクの使用は発射前に中止されている。各国の宇宙機関は何千枚もの惑星探査の画像をもっているが、宇宙の音を収録したデータはほとんどない。
もし、探査車の降下や着陸の映像に合わせて、強風や断続的な砂嵐が奏でる音を最新の機器で録音できるようになり、さらに、来る日も来る日もジェゼロ・クレーターの砂地の上を走行する探査車の金属音や機械音を録音できるようになったとしたら──。その音を聴いてみたいと思う人も多いことだろう。
ロサンジェルスを拠点に活動するロックミュージシャン兼作曲家で、根っからの宇宙好きでもあるジェイソン・アキレス・メジリスも、間違いなくそのひとりである。
彼は2016年、カリフォルニア州パサデナの近くにあるNASAジェット推進研究所(JPL)でロボット工学の仕事をしていた友人のジョセフ・カーステンと、ダイニングテラスで酒を飲んでいた。ふたりは火星探査車「キュリオシティ」のダイナミックな着陸方法について話し合っていた。
メジリスは、着陸の最中にどんな音が聞こえるのかについて興味があった。そこで次期火星探査車「パーサヴィアランス」にマイクを取り付けて、周囲の音がつくりだす“ドラマ”を録音してNASAの着陸映像と合成すれば、「どれほど凄いだろう」とメジリスは考えたのである。
この疑問を懸命に追求したことが、メジリスがNASAと合流するきっかけになったという。イノヴェイションは意外なところから生まれるということを再認識させてくれる逸話だ。
ミュージシャンとしての華やかな経歴
やや遅咲きだったミュージシャンのメジリスは、髪がもじゃもじゃの型破りな人物で、46歳にしては若々しい印象である。ギターを始めたのは高校3年になる直前だったが、その影響で成績が一気に落ちて集中力が散漫になってしまったという。その結果、彼は準備不足と緊張のためにカリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)音楽学部のピアノオーディションで失敗し、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)には入学を取り消されることになってしまった。
結果的にメジリスは故郷であるカリフォルニア州クパチーノのディアンザ・カレッジへの入学を果たし、演奏や和声構造、音楽分析などの理論をある講師から学んだ。それこそ、彼が必要としていた知識の枠組みであった。
講師の助けにより音楽学校の実力試験の準備を整えたメジリスは、カリフォルニア大学バークレー校の音楽学部を受験し、いとも簡単に合格した。卒業するころには、ギターやベース、ピアノなどの鍵盤楽器に精通していた。
ジェイソン・アキレスという芸名で活動するメジリスは、大学を卒業して数年後にロサンジェルスに移り住んだ。そこでは「Black Belt Karate」「Your Horrible Smile」「Owl」といったロックバンドでの数年の活動を経て、レコーディングやプロダクションの仕事を手がけるようになる。
そして「Downtown Rehearsal」という名の広大な倉庫に自身のスタジオをもち、初のソロアルバム『Comedown』を収録した。その後、ハンガリーやチェコスロバキアの交響楽団とのコラボレーションで曲を収録するようになり、現在はガンズ・アンド・ローゼズのキーボーディストであるディジー・リードの最新アルバムの制作を手伝っている。
つまり、メジリスのキャリアは華やかで多様性には富んでいるものの、少なくともNASAのJPLが求めるようなロケット科学分野での経験などもってはいなかったのだ。
見込みのない挑戦
そこでメジリスは、別の協力者を探していた。「音楽という分野は、父から受け継いだ知的な面とはかけ離れたものなんです」と、彼は言う(シリコンヴァレーでコンピューターシステムアナリストとして働いていた彼の父親もミュージシャンであった)。
メジリスは宇宙科学にのめり込むようになっていた。彼は一般向けの科学誌を読み、科学者に質問やアイデアを投げかけ、講演会や公開イヴェント、ワークショップなどに参加した。こうして彼は、NASAのJPLの一般公開でカーステンと出会ったのである。
あるとき、メジリスはNASAの冥王星探査機「ニュー・ホライズンズ」のミッションで主任研究員を務めていた惑星科学者のアラン・スターンにメモを送った。ニュー・ホライズンズで発見した多様な地表の分析に、複数の小型着陸機を使った探査機が役立つのではないかという意見を伝えたのだ。
すると、スターンからは丁寧な返事が返ってきた。そこでメジリスは仕事の息抜きのために、自分の作品の何曲かをスターンに送った。
2016年のある夜、メジリスはカーステンと酒を飲みながら語り合っていた。そのときメジリスは、パーサヴィアランスにマイクや斬新なカメラシステムといったアイデアを盛り込むなら、どんな課題が考えられるのかについて尋ねた。
新しい探査車に搭載する機材はおおむね決定しており、しかも10億ドル規模の科学ミッションで“おまけ”のような部品を安易に増やすわけにはいかない。しかし、パーサヴィアランスの「運転手」として火星の地表を移動させる役割を担うカーステンは、メジリスがNASAを説得してマイクを搭載してもらうことが不可能であるとは考えていなかった。
また、メジリス本人の言葉を借りるなら、彼のアイデアが「荒唐無稽」であるとも思ってはいなかった。NASAからの正式な招待状もなければ、自身の取り組みが真剣に検討されるという合理的な見込みもないなかで、メジリスはこの挑戦に挑むことになったのである。
探査車に“余計”な機能を追加できるのか?
オーディオエンジニアであるメジリスは、マイクに関する幅広い知識をもっていた。そこで彼は、マイクを宇宙で使う方法について調査を始めた。
すると、カール・セーガンが何十年も前にこのコンセプトを提唱し、NASAやソ連が実際に試みていたことがわかった。一方で、宇宙での録音の取り組みの優先度が低いことは明らかだった。機体に数十グラムの重量を追加するだけで離着陸に余計な燃料が必要になり、ミッション中に貴重な電力が消費されることになる。
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