ネットは「しゃべり」の時代へ
音声コミュニケーションSNS「Clubhouse」は、1月末ごろからヒートアップし、一時期は社会を変えるインフラとしてもてはやされたものだが、2月中旬に招待されなくても全会話が再生できるツールや非公式Androidアプリが登場し始めたあたりから雲行きが怪しくなり、潮が引くように人がいなくなっていったような印象を持っている。
ただClubhouseによって多くの人が気付かされたのは、“しゃべり”の重要性だった。それは話術や場を仕切る能力というソフトウェア面はもちろんのこと、いかに音質よく声を相手に届けることができるのかといった技術的興味や、ちょっとマイクを変えるだけで全然違うといった実験などが行なわれ、音声について多くの人が関心を寄せたのもまた事実である。
日本でもYouTuber的な大騒ぎコンテンツだけでなく、Vloger的な牧歌的コンテンツも徐々に人気が高まっている。どちらにも言えることは、音声にどれだけ気を配れるかによって、クオリティが全く変わってくるということである。
音声収録で最も違いが出るのは、マイク選びとマイクセッティングだが、スマートフォンやデジタルカメラの音声入力は4極・3極のミニプラグであることが多く、XLRタイプの大型マイクを接続するのが難しいという問題がある。例えばソニーのカメラ「FX3」にはハンドル部にXLR端子を備えたマイクプリアンプが標準で付属するが、要するにそういうハイエンドカメラでなければ、なかなかちゃんとしたマイクが接続できない。
今年3月から発売されたIK Multimedia「iRig Pre2」は、スマートフォンやデジタルカメラのミニプラグ入力にXLR型マイクが接続できる、マイクプリアンプだ。実売は6,800円前後(税別)。もともとマイクプリアンプは、DTMなどで歌入れする人ぐらいしか知らないものだったが、ここにきて「しゃべりをちゃんと録る」という用途が急浮上してきた。
コンデンサーマイクにも電源供給できるiRig Pre2を、早速テストしてみよう。
小型ボディに強力なプリアンプを搭載
もともとオリジナルのiRigという製品は、iPhoneやiPadにギターを繋いでエフェクターやギターアンプの代わりをさせるという製品で、今もなおそのジャンルでは有名なブランドである。
マイクプリアンプとしての初代「iRig Pre」は2015年に登場している。そして2017年にはADコンバータ内蔵の「iRig Pre HD」をリリースし、4年たった今年「iRig Pre2」の登場となった。
本体サイズは40×110×34mmで、ちょうど手に握れるぐらいの太さである。重量は単3電池2本込みで129g。バッテリー持続時間は、ファンタム電源オフで約20時間、オンで約7時間。初代iRig Preは9V電池駆動だったので駆動時間は約1.5倍長かったが、2の方が電池の入手は楽になった。
底部にXLR入力端子があり、ここにマイクを接続する。上部には約40cmのケーブルが生えており、先端は4極のミニブラグになっている。左側に電源スイッチとファンタム電源のスイッチ、入力ゲインがある。反対側にはモニター出力のON/OFFスイッチと音量ボリュームがある。初代iPrg Preはモニター出力はあったが、ON/OFFスイッチとボリュームがなかった。
背面は電池ケースになっており、ここに単三電池2本を入れる。カバーにスリットが入っているが、ここに付属のベルクロテープをつけて、三脚の足やビデオカメラのグリップベルトなどいろんなところに固定できる。
ここでマイクの仕組みについて簡単に説明しておく。マイクには構造上の種類でいくつかパターンがあるが、現在多く使われているのは「ダイナミック型」と「コンデンサー型」である。
ダイナミック型は、スピーカーの構造を逆向きにしたような仕組みで、音声による空気振動をダイヤフラム(振動板)がキャッチし、それに繋がったコイルが磁石の中を振動することで発電、電気信号に変えていく。つまりマイクとは、ダイヤフラムの振動の様子をリニアに電気信号に変える装置なわけである。
所詮は磁界の中をコイルが運動する程度の発電量しかないので、電力としてはものすごく小さい。従ってプリアンプを使って増幅してやらないと利用できない。構造がシンプルなので大音量に強いが、コイルやら磁石やらを使わないといけないので、マイク全体があまり小型化できないという弱点がある。
コンデンサー型は、片側がダイヤフラムになったコンデンサーを利用する。コンデンサーは両極の距離によって容量が変化するので、両極を帯電させておくと、ダイヤフラムの振動によって容量が変化するのを電気信号として取り出すことができる。こうした回路設計では、コンデンサーの帯電や回路のオペアンプに電力が必要になる。これを供給するのが、ファンタム電源と呼ばれているものだ。
ファンタム電源は一般には48Vとされているが、マイク内では降圧して使われている。構造的にはコイルも磁石もいらないので小型化できる。従って機器内蔵マイクやラベリアマイクなどに多く利用される。一般に高域特性がダイナミック型よりも優れている一方で、大音量に弱いという弱点がある。
音声ミキサーなどにはマイクが直結できるじゃないか、と思われるかもしれないが、ミキサーの中には元々マイクプリアンプが内蔵されており、インピーダンス切り替えスイッチや入力ゲインノブによってそれが自動的にON/OFFされている。
iRig Pre2は、マイクプリアンプでファンタム電源も供給できるので、ダイナミック型にもコンデンサー型にも利用できる。自分の使っているマイクがどちらのタイプかわからないこともあるかと思うが、まずはファンタム電源OFFで繋いでみて、音が出ないようであればONにして様子を見るといいだろう。
ダイナミック型は、ファンタム電源が流れてきても電力を逃す設計にはなっているが、長時間不要な電圧がかかると余計なリスクが増えるだけでメリットは何もないので、ダイナミック型だとわかったら電源をOFFにすることをお勧めする。またコンデンサーマイクでも、ケーブルを抜き差しするときはファンタム電源をOFFにしてから行なうようにしていただきたい。
マイクの特性がわかる明瞭さ
まずはデジタルカメラへの音声入力からテストしてみたい。ご承知のように一眼レフクラスのカメラになると、外部マイクの利用を想定してアナログマイク入力端子はほとんどのカメラで標準的に付くようになった。一方コンパクトデジカメクラスではずっとマイク入力がなかったが、昨今Vlog向けといった用途に向けて、ようやくマイク入力があるモデルが登場しつつあるという状況だ。
今回テストで使用するXLRタイプのマイクは3つ。RODE「Reporter」はその名の通りレポーターが使用するためのハンドマイク、Shure「SM57」は今から35年ほど前に購入したボーカル用マイク、EDIROL「CS-50」はステレオとガンマイクの切り替え可能なマイクである。ReporterとSM57はダイナミックマイク、CS-50がコンデンサーマイクだ。
カメラはおよそ7年前に購入したニコン「D3300」である。最近はほとんど使っていなかったが、ネット会議などで使うと被写界深度が浅いために後ろをあんまり片付けなくて済むということから、復活させている。
このカメラにはミニジャックの外部マイク入力があり、アクセサリーシューにくっつけるビデオマイクなら利用できる。今回はマイク入力レベルを10に固定して、テストしている。
まずは一般的な使い方との違いを調べるため、手持ちのビデオマイクからアツデンの「SMX-30」をガンマイクに設定して繋いでみた。
内蔵マイクよりはマシな音質ではあるが、カメラまでの距離が1mぐらいあるので、必然的にマイクも1mぐらい離れることになる。内蔵マイクよりは明瞭度は増すが、音圧はそれほど稼げないのがわかる。基本的には編集時に音量をアップして使うことになるわけだが、今回のサンプルでは後処理はせずそのまま使用している。
iRig Pre2を使う以前の素朴な疑問として、カメラのミニジャックでもXLRの変換ケーブルを使えばマイクは使えるはずだ。まずはこの方法での音声をチェックしてみる。
カメラにマイク入力があるということは、カメラ内にマイクプリアンプが内蔵されているということである。そちらを使うのがいいのか、あるいはiRig Pre2を使うのがいいのかの選択になるわけだ。ダイレクト接続では、ダイナミック型が使えるのはもちろんのこと、ファンタム電源出力も可能なので、コンデンサーマイクも使える。端子の電圧を測定してみると、2.8Vであった。
XLRタイプのマイクは、48Vファンタム電源向けに設計されているが、内部で降圧してから使っているので、実際には48Vなくても動作する。したがって変換ケーブルがあれば、ダイナミックマイクもコンデンサーマイクも動作するようだ。
続いてiRig Pre2を使ってマイクを繋いでみた。変換ケーブルでダイレクトにマイクを繋いだ際の音声に比べると、明瞭感が上がり、きちんとマイクの違いによる音質変化も判別できるようになった。このあたりがマイクプリアンプの性能差ということになるだろう。2つの動画を同じマイクのところで聴き比べていただくと、違いがわかるはずだ。
続いてiPhoneに接続して使ってみた。iPhoneにはアナログ入出力端子がないが、以前はLightning - 3.5mmヘッドフォンジャックアダプタが付属していた。しかしiPhone X世代の時から付属しなくなっている。以前からiPhoneを使っている人は持っているだろうが、最近のユーザーはこういうものがあったとはご存じないかもしれない。このアダプタは、現在Apple Storeで1,100円で購入できるほか、サードパーティからも同様の機能の製品が出ている。
今回はApple純正品のアダプタを使ってiRig Pre2を接続してみる。iPhone内蔵マイクの集音に比べると、やはりオンマイクで使えるので肉声として広い周波数レンジで収録できるほか、周囲の雑音が入りにくいのでSNのよい集音ができる。
iPhoneにはアナログのイヤフォン端子がないので、撮影しながら音声のモニターができない。しかしiRig Pre2を使うとマイク入力のダイレクトモニターができるので、環境ノイズのレベルや音質などが確認できるのもメリットだ。
総論
デジタルカメラでもマイク入力端子さえあれば、外部マイクは使える。2.8Vのファンタム電源も出るのでコンデンサーマイクも使えるが、iRig Pre2の良さはやはり音質だ。
従来マイクプリアンプを使うのはよほどマイクにこだわる「歌入れ」をする人たちぐらいだったが、普通の喋りでも結構マイクごとの音質の違いまできちんと判別できるほど明瞭度が上がるというのが確認できた。SNSでもYouTubeでも、少しでもいい音声でしゃべりを伝えたいという動きが出てきているが、まだマイクプリアンプの重要性は見過ごされているように思う。
一方iPhoneで撮影するような簡易収録では、Lightning - 3.5mmヘッドフォンジャックアダプタを使えば、一応どんなマイクでも繋がる。2.8Vのファンタム電源も出るので、変換ケーブルがあればコンデンサーマイクも直結で利用できる。
だがiRig Pre2のような簡単な機材でマイクの性能がきちんと出て、さらに音質が向上するとなると、持っておいても損はない機材である。
この程度の違いならなくていいやと思う人には縁のない機材かもしれないが、使おうと思うと意外に選択肢が少ないのが、バッテリー駆動マイクプリアンプというジャンルである。そんな中で長年利用実績のあるiRigから新製品が出たというのは、実にいいタイミングである。
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