Appleの「AirPods Max」が日本でも12月18日から出荷される。これに合わせ、編集部から価格に見合う製品なのか、実機リポートを交えたコラムを書いてほしいと依頼があった。確かに6万1800円(税別)という価格はワイヤレスヘッドフォンとしてはかなり高価だ。
価格だけではない。音質のためにAirPods Maxをアナログ端子に接続する場合、別途専用ケーブルを購入する必要がある。またバッテリー内蔵製品のため長期間使い続けると、いずれは交換が必要になる(交換費用は8800円)。
一方でヘッドフォンは嗜好品(しこうひん)でもある。満足できる音質が実現できるのであれば、その価格に上限はない。例えば仏Focalのヘッドフォン「Utopia」は40万円を超え、見合う性能を備えたヘッドフォンアンプも別途必要だ。
AirPods Maxの場合、問題はオーディオ製品でありながら、同時に中期的には陳腐化も考えられるデジタル製品でもあるということ。これまでの高級ヘッドフォンと同列に評価できない。
Appleのオーディオ領域へのアプローチ
ステンレス製のヘッドバンド、アルミ削り出しのイヤーカップ、その間をつなぐボールジョイントのスイング、回転メカニズム、さらりとした質感のイヤーパッド、装着感を高めるメッシュによるキャノピー。随所にコストをかけたAirPods Maxからは、高品位なオーディオ製品という、これまでAppleが挑戦してこなかった領域への意気込みが感じられる。
Appleがこの領域に挑戦し始めた理由は、これまでiPhoneをはじめとする製品開発において、音声信号処理を半導体とソフトウェアの両面で独自に開発してきた成果に自信があるからだろう。
例えば基本的な工業デザインは長らく変化していない13インチ「MacBook Air」と「MacBook Pro」だが、最新のApple M1チップを搭載するモデルでは驚くほどスピーカーの音質が良くなっている。搭載するドライバーユニット(スピーカー)の更新もあるが、音声処理を行うDSP(Digital Signal Processor)を独自設計のものとし、そこに組み合わせる信号処理ソフトウェアを改良した結果だ。
これまでアナログ的な設計や音質チューニングに強く依存していた領域に演算能力とソフトウェアで問題解決を行うというアプローチは、小型スピーカーの「HomePod mini」でもみられた手法だ。「iPhone」や「iPad」で音の違いを実感している方もいるかもしれない。
この製品に先駆けて「空間オーディオ」という技術を「AirPods Pro」に導入したのも、先駆けとなるトライアルだった。空間オーディオは仮想的にサラウンド音場を実現する技術で、さらに画面方向を認識して映像の位置と音の位置が一致するように脳内で再現させる技術だ。
AirPods Maxでは、オーバーイヤー型(耳覆い型)ということもあり、より深い没入感を得られ、高い音質と低音再現能力の高さも引き立つ。なるほど、空間オーディオはAirPods Maxの発売を念頭においていたのかと納得させる組み合わせだ。
Appleは自分たちが得意な半導体とソフトウェアの作り込みという手法を用い、可搬性のあるポータブルなヘッドフォンという形を崩さず、どこまで音質を高められるかを追求した。その成果がAirPods Maxといえるだろう。
ワイヤレスで高音質製品は成立するか
AppleはAirPods Maxで、高音質な製品を生み出すメーカーとしてのブランドを定着させたいのか、全力投球で製品を作り込んできた。しかし、妥協なく作り込んだ結果としてワイヤレスのヘッドフォンとしては異例ともいえる価格になった。
ヘッドフォンは音を楽しむデバイスだ。音楽がより深く楽しめるならば、どんな手法を用いてもいい。そうした意味で、AirPods Maxの価格を正当化できるかどうかは音質にかかっている。
ここで異論を唱える方も多いだろう。ワイヤレスヘッドフォンは音声を圧縮して伝送している。iPhoneやiPad、Mac、Apple TV専用ともいえるAirPods Maxの場合(Bluetoothでの接続はどんなデバイスとも可能だがファームウェアアップデートや各種連携などはアップル製品同士で初めて成立する)、AACで圧縮された音声だ。「圧縮音声なのに高音質?」という人が出てきても無理はない。
筆者自身、以前なら評価を始める前に「ありえない」と考えたと思う。しかし、Appleは以前からハイレゾクラスの音楽をAAC/256kbpsでストリーミング伝送する仕組み作りを行ってきた。それが「Apple Digital Masters」という技術で、無償でエンコーダーが配布されている。実際にはエンコードやサンプリング変換を行うソフトウェアはmacOSやiOS/iPadOSに組み込まれており、上記のエンコーダーもOSの機能を用いてAAC変換を行う。
Macユーザーなら手持ちのハイレゾ音声ファイルをApple Digital Mastersの品質で圧縮できるので、聞き比べてみると早い。ハイレゾのマスターファイルが持つダイナミックレンジをかなり忠実に再現できることが確認できる。
なお、Apple Digital Mastersは256kbpsでエンコードを行うが、AirPods Maxへの伝送ビットレートがどの程度なのかは公開されていない。Appleも「この技術を使っているからワイヤレスでも音が良い」とは訴求していない。
しかしAirPods MaxをAndroid端末と組み合わせたとき、広域のレンジが狭く感じられるケースもあり、上記の技術をOSに組み込んだ成果は現れていると思う(AACエンコーダーはメーカーごとに異なるものが組み込まれているのでAndroidとの組み合わせでは、それぞれの音質がかなり異なる)。
音質は結果が全て。まずは固定観念を捨てて評価するべきだ。AirPods MaxのAAC伝送については、そばに置いておきたいと思う程度には高音質だと思う。
シンプルで深みのある音
Appleは、メカニカルな部分の情報はあまり公開していない。40mm径のドライバーユニットはポータブル製品としては大きいが、高音質ヘッドフォンとしては決して大型というわけではない。
Appleはリング型のネオジムマグネットを大小同軸に配置し、その隙間にボイスコイルを挿入する磁気回路を採用した。高音質スピーカーにはよくある構造だが、ヘッドフォン用ドライバーは小さく、またダイアフラム(振動板)も小さく軽いため、よほど大口径の高級モデルでしか採用されない。生産性も低く、コストも高くなる構成だ。
目的は、高トルクでダイアフラムを駆動することで高いリニアリティーを実現するため。ダイアフラムの素材やコーティングの有無、リード線の素材などは未公開だが、全域にわたり最大音量時でも高調波歪(ひず)みを1%以内に抑えたという。
こうした性能も内蔵するアンプやデジタル回路部の輻射ノイズ処理が伴っていないと台無しだが、実際のAirPods Maxは極めてクリアでくもりを感じさせない。余分な付帯音をきれいに削ぎ落とした音だ。
世の中にはクリアだけど情報量が足りないヘッドフォンも多くある。余計な音を削ぎ落とした結果、必要な音まで失ってしまったチューニングの例だが、それもAirPods Maxには当てはまらない。
例えば編成の少ないクラシックの室内楽をかけてみると、1つ1つの楽器から生まれる直接音とホールトーン、楽器の音が混じり合い調和する様子や、演奏者の息づかいや動きの気配まで感じられる。歪み成分を抑えるために無理なチューニングを行ったデバイスは、総じてそうした情報を失いがちだが、AirPods Maxに関しては問題はないようだ。
一方でアダプティブイコライザーの採用により正確な駆動ができているという低音。この低音の深みこそが、AirPods Maxの良さを表現する部分だ。
The Weekendのヒット曲である「Blinding Lights」は、音場全体を包み込むようなサウンドと深みのあるベースの表情が特長だが、ベースの再生能力が低いと単調な音にしか聞こえない。対してAirPods Maxは頭の周囲を取り囲むように複雑なベース音が音場全体に充満する。そうした中でもボーカルは明るく際立つ。
高域のノイズ感、歪み感が少ないことは、ジャズ系のアレンジで確認できる。Shelby Lynnの「Just a little lovin’」のハイレゾファイルをApple Digital Mastersで圧縮し、iPhoneに転送して聞いたところ、出だしのベース音やキックドラムの表現力や解像度もさることながら、スネアのリムショットのリアリティと気持ちの良いリバーブに素性の良さが垣間見えた。
しかし、音の傾向は? と聞かれるとと良い言葉が思いつかない。というのもニュートラルな音だからだ。情熱的ではなく、また冷徹でもない。もっとも近い音といえば、マスタリングスタジオで聞く音だろうか。
マスタリングスタジオは部屋の主ごとに若干のキャラクターはあるものの、基本的にニュートラルで余分な味付けがない。だからといって音楽的に楽しくないというわけではない。なぜならアーティスト自身がその仕上がりを最終的に確認する場所だからだ。
新しい領域へのチャレンジ
Appleにとっても、AirPods Maxはチャレンジなのかもしれない。
ピュアにオーディオを追求する層の視点で見ると、AirPods Maxは不確実な要素が多すぎて音質評価を鵜呑みにはできないと感じるかもしれない。ただ、前述した伝送コーデックの話は一例に過ぎない。今後、製品が登場すればオーディオにこだわる層がどう反応するのかが見えてくると思うが、筆者はワイヤレスとノイズキャンセリングという2つの機能は音楽をより純粋に、どこでも楽しむために必須になってくるだろうと感じた。
優れた精度で音楽の情報をスポイルしないノイズキャンセリングやアダプティブイコライザーなどの信号処理があれば、ストイックに音質を追求しなくても多くの人がスタジオに近い音楽を体験できる。さらに空間オーディオによるサラウンド機能(こちらは対応アプリが限られているという問題は残る)が加われば、高級ワイヤレスヘッドフォンというジャンルを確立し、他メーカーが追随することも期待できるかもしれない。AirPods Maxには、そうした市場を生み出すような潜在的な力がある。
金曜日以降、AirPods Maxを手に入れた人たちがどのように反応するのか。否定的、肯定的、両方の意見が出てくることを一人のオーディオファンとして期待している。
関連記事
関連リンク
からの記事と詳細
https://ift.tt/3gTlpIk
科学&テクノロジー
Bagikan Berita Ini
0 Response to "AirPods Maxが示す“高級ワイヤレスヘッドフォン”という可能性 - ITmedia"
コメントを投稿