Apple Watchの心電図機能(ECG/EKG)と「不規則な心拍の通知」機能(IRN)が、ついに日本でも利用可能になります。
「それって必要なの?」と思った方も多いのではないでしょうか。Apple Watchの心電図機能は、2018年9月に「Apple Watch Series 4」とともに発表され、同年12月に米国で提供が始まりました。Apple Watchユーザーは、どちらかといえば若い世代に偏っています。そのため、高い年齢層の需要が強い心電図より、カメラや長いバッテリー動作時間といった多くのユーザーが必要とする機能を優先してほしい、という声が上がりました。
でも、今Apple Watchに対して、以前ほどそうした要望は聞こえてきません。心電図機能の提供が始まってから、同機能を使って不整脈の一種である心房細動(AFib)を見つけられたという報告が相次ぎ、人々がApple Watchに期待することが変化したからです。登場し始めたころのスマートウォッチに対して、ユーザーはメッセージや電話、ソーシャルの通知、予定やTo-Doなどを手首で受け取れる情報ツールであることを期待していました。でも今は、アクティビティ/ワークアウト、健康関連の機能がスマートウォッチを使用する大きな理由になっています。
心疾患予防を望む声が心電図機能の実装につながった
では、心電図とIRNはどのような機能なのか。日本での提供開始に備えておさらいしてみましょう。
Apple Watchの心臓に関する機能は心拍センサーから始まりました。Apple Watchを使っているだけで、自動的に日々の心拍数が計測され、ヘルスケア・アプリを開くと1日の心拍の変化を簡単に把握できます。
自分のデータというのは、自分を客観的に見られて面白いものです。例えば、脂肪を燃焼させたかったら最大心拍数の40~70%でジョギング、筋力を上げたかったら80%程度というように心拍数は効果的な運動の目安になります。また、心拍は最も身近な健康指標でもあります。それまで心拍数を気にしていなかった人も心拍数を意識するようになり、健康を保つためのツールとしてより深い分析を求める声がAppleに寄せられるようになりました。
そのなかに心疾患予防への活用を望む声が含まれていたのが、心電図機能を実装するきっかけの1つになりました。米国の死因のトップ3は心疾患、がん、事故です。がんによる死亡率は1991年をピークに減少し続けていますが、それに比べて心疾患の減少は鈍いまま。革新的なソリューションが求めれる問題の1つなのです。
心電図機能は、心拍数をはじめとする他のApple Watchの機能と同じようにシンプルで使いやすいようにデザインされています。iOS 14.4とwatchOS 7.3からApple Watchで利用できるようになる心電図アプリを起動し、指をデジタルクラウンに当てて30秒待ちます。心臓の拍動が記録され、心拍リズムが洞調律(一定のパターン)、心房細動(不規則なパターン)、低心拍数、高心拍数、判定不能のいずれかに分類されます。判定結果は、心拍数と同様に、iPhoneのヘルスケア・アプリに記録されます。
誤解や誤用を防ぎ、正しい知識で使えるよう工夫を凝らしている
心電図アプリを使用するうえで「正しい計測」と同じぐらいに重要になるのが「正しい知識」です。自分で簡単に検査できるだけに、心電図検査や心拍リズムについて理解していないと、測定データのちょっとした乱れが気になって強いストレスを感じるようになるかもしれません。逆に体調が良くない時に、測定結果を自己解釈して医師の診察を受けないのは危険です。Appleはその点に留意して、誤解や誤用を防ぐデザインを徹底しています。
心臓の周囲に多数のセンサーを貼り付けて計測する医療機関の心電図検査に比べると、Apple Watchの心電図は簡易的な測定です。また、Apple Watchの装着の仕方や計測時の正しい姿勢、指の触れ方などが不十分だったら、判定に十分なデータを得られません。そうした説明をアニメーションも活用して分かりやすく、初回設定時や記録を確認する時など、折りに触れてユーザーが情報を目にするようにしています。心電図アプリを使うと、その過程でユーザーが心臓病や心電図に関する正しい知識と、心電図機能の使い方を身に付けられるようになっています。
それらを踏まえて、上手に利用することで心電図機能が真価を発揮します。動悸やめまいといった自覚症状で気づいた人がいれば、無症状で健康診断で初めて知ったという人など心房細動の現れ方はさまざま。例えば、動悸を感じて病院で心電図検査を受けても、その時点で動悸が収まって問題が見つからないケースがあります。その場合、しばらく様子を見るか、ホルター心電図を装着して改めて継続計測することになります。違和感を覚えた時すぐに、手首に装着しているApple Watchで心電図をとっておけば、最初に医師に相談した段階でヘルスケア・アプリのデータを見せることで、より効果的な診断に結びつけられる可能性が開けます。
米国では、昨年7月にカリフォルニア州の66歳の麻酔科医がシェアした体験が話題になりました。スポーツジムで息切れを感じたため医師の診察を受けたものの、病院における安静時の心電図検査では異常が見つかりませんでした。しかし、息切れした時に心電図アプリで行った測定でST低下が記録されており、医師にそのデータを見せ、再検査でバイパス手術を必要とする深刻な心疾患が見つかりました。Apple Watchの心電図アプリが心房細動の兆候を検出し、ER(救急救命室)で先天性の心疾患の可能性があると診断された22歳の青年の投稿もRedditで話題になりました。心房細動の有病率は年齢とともに増加しますが、「まさか」の気づきになるという点では、Apple Watchの心電図機能は若い層により効果があるともいえます。
自分の心臓について把握でき、“転ばぬ先の杖”になる
心電図は、ユーザーが必要と感じる時に任意で測定する機能なので、症状のない人が必要な時に使用しない可能性があります。そうしたケースの支えになるのが「不規則な心拍の通知」です。光学式心拍センサーを用いて心房細動の兆候がないか、バックグラウンドでユーザーの心拍リズムを時折チェックします。最低65分以上の時間をかけて5回の心拍リズムのチェックを行い、不規則な心拍リズムが検出されるとユーザーに通知します。
Apple Watchユーザー全体の中で、日常的に心電図測定を必要としている人は多くはないと思います。Apple Watchの機能として追加されたから、心拍リズムをモニターし始めるという人がほとんどではないでしょうか。でも、見方を変えると、私達は自分の心臓についてよく把握しないまま暮らしていることになります。心電図機能とIRNは、心拍や心臓病について知る良い機会になるとともに、いざという時にとても有用なデータを得られる、転ばぬ先の杖になります。
(Yoichi Yamashita)
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